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高松高等裁判所 昭和32年(ネ)224号 判決

控訴人 原告 株式会社吉野モータース

訴訟代理人 原秀雄

被控訴人 被告 大西正明

主文

本件控訴を棄却する。

予備的請求につき、被控訴人は控訴人に対し金十二万円及びこれに対する昭和三十二年八月九日以降完済に至る迄年六分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

当審における訴訟費用はこれを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

本判決は控訴人勝訴部分に限り金四万円の担保を供するときは仮にこれを執行することができる。

事実

控訴代理人は、「(一)原判決中控訴人敗訴部分を次の通り変更する。(二)被控訴人は控訴人に対し金十二万円及びこれに対する昭和三十年九月二日以降完済に至る迄年六分の割合による金員を支払え。(三)訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求め、尚予備的請求(損害賠償請求)として、右(二)(三)と同旨の判決並に仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、本件自動三輪車売買残代金の請求を金十二万円に減縮する。尚予備的請求として、仮に本件自動三輪車の売買契約が解除されていたとすれば、控訴人は被控訴人の債務不履行(代金支払義務不履行)に因り金十二万円の損害(本件自動三輪車の売買代金二十二万円より控訴人において既に支払を受けた金四万円及び本件自動三輪車の価格金六万円を控除した額)を蒙つたから、被控訴人に対し右金十二万円及びこれに対する最終の割払代金支払期日の翌日である昭和三十年九月二日以降完済に至る迄商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。と陳述した外原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。当事者双方の証拠の提出援用並に認否は原判決事実の欄記載の通りであるから、ここにこれを引用する。

理由

控訴会社が自動車の販売修理を目的とする株式会社であること、控訴会社は昭和三十年五月頃被控訴人との間に、被控訴人に対し原判決添付目録記載の自動三輪車(以下単に本件自動車と称す)を代金二十二万円、その支払方法は同年六月一日に金八万円、同年七月一日に金四万円、同年八月一日に金五万円、同年九月一日に金五万円の分割払とする約定で売渡す旨の売買契約を締結したことは本件当事者間に争がない。

而して成立に争のない甲第一号証(自動車売買契約書)並に原審証人豊川猛の証言を綜合すれば、本件自動車売買契約は契約成立と同時に本件自動車を売主より買主に引渡し、買主は本件自動車を使用することができるが、売主は売買代金債権を担保するため、買主が代金全額の支払を了する迄本件自動車の所有権を売主に留保する約定であつたこと、買主たる被控訴人は昭和三十年五月二日売買契約成立と同時に本件自動車の引渡を受け、これを使用していたが、控訴会社に対し売買代金の中金四万円を支払つたのみで、前記約旨に基づく代金の分割弁済を怠つたことを認めることができ、原審における被控訴本人の供述中右認定に牴触する部分は措信し難い。尚本件自動車売買契約については、売買契約書の末尾に、「本契約に従わぬ場合は直ちに車を売主に渡すこととす」との条項が記載されていること前顕甲第一号証に徴し明らかであるところ、右条項はその文言が甚だ簡に過ぎその法律的意味が幾分不明確であるけれども、原審証人豊川猛の証言を考慮に容れて右条項の趣旨を解釈するに、右契約条項は、買主において約旨通り代金を支払わなかつた場合には、売主は買主に対し代金支払の催告を要せずして直ちに本件売買契約を解除し、本件自動車の返還を求めることができる趣旨と解するのが相当である(右条項の趣旨を、買主が代金の分割払を一回でも怠つたときは、当然売買契約が効力を失うに至る趣旨と解することは、買主に対しいささか酷に失するであろう)。

そこで本件自動車の売買残代金請求につき判断するに先立ち、本件のようないわゆる所有権留保約款附月賦販売契約の法律的性質並に右契約に基づく法律関係につき考察する。凡そ自動車等の月賦販売契約において特約により売主が買主より代金の完済を受けるまで売買の目的物件(以下単に目的物件と称する)の所有権を留保した上、売買契約成立と同時に目的物件を買主に引渡し、買主はこれを使用することができる場合、買主は代金を完済するまでは売主において所有権を留保している目的物件を占有使用することとなり、一見使用貸借類似の法律関係が生ずることとなるけれども、この場合売主が目的物件の所有権を留保するのは代金債権担保のためであるのはいうまでもなく(尤も右担保の趣旨は、目的物件の所有権を売主において留保することにより買主に対し代金債務の履行を促す心理的効果に重点があると見るべきであろう)、買主が代金を完済したときは当然に目的物件の所有権が買主に移転するものと解するのが相当であり(即ち買主の代金完済を停止条件として目的物件の所有権を買主に移転する合意が当事者間に成立しているものと見るべきである)、他方買主は売主より目的物件の引渡を受けた以上、その所有権の移転がなくても、買主としての権能に基づき所有権者に準ずる立場において目的物件を占有使用することができるものと解するのが相当である(尤もかかる場合買主は目的物件を第三者に処分する権能を有しないことはもとよりであり、また買主破産の場合は売主が取戻権を有し、買主が他の債権者より差押を受けたときは売主は第三者異議の訴を起し得るであろうが、特別の約定のない限り不可抗力に因る目的物件滅失等の場合の危険は買主が負担すべきであるし、修繕義務や税金等も買主が負うべきであるし、また保管義務についても買主は自己の財産におけると同一程度の注意を以て足ると解すべきであろう)。即ち月賦販売契約における特約に基づき買主が売主において所有権を留保している目的物件を占有使用する法律関係は、売主が代金債権を確保するため、買主が目的物件の代金を完済するまで一時的に設定される法律関係であつて、右はあくまで売買契約に附随した法律関係としてこれを一体として把握すべきであり、使用貸借契約の場合のように後日目的物件を返還することを当然の前提として目的物件を使用するのとはその性質が異なるものといわなければならない。従つて以上の場合目的物件につき売買契約とは別個に使用貸借契約が成立しているものと解するのは相当でない。

今本件の場合につき観るに、控訴会社は被控訴人に対し本件自動車を代金はこれを四回に分割して毎月一日に支払う約で販売し、売主たる控訴会社は代金債権を担保するため被控訴人が代金を完済するまでは本件自動車の所有権を留保した上売買契約締結と同時に本件自動車を買主たる被控訴人に引渡し、被控訴人はこれを使用していたものであること前叙認定の通りであるから、本件自動車についても叙上説示に照し売買契約と別個に使用貸借契約が成立したものと見るのは相当でない。

そこで本件売買契約がなお存続しているか否かの点につき検討を進めるに、控訴会社は、本件自動車につき売買契約とは別個に使用貸借契約が成立していることを前提とし、且つ被控訴人との間に被控訴人が代金の分割弁済を怠つたときは当然右使用貸借契約が終了するものとする趣旨の特約があつたものとして、本訴において被控訴人に対し本件自動車の使用貸借契約終了を理由に本件自動車の引渡を求めると共に本件自動車の売買契約は依然存続しているものとして売買残代金の支払を求めているものであること記録上明らかである(但し右自動車引渡請求については、控訴会社は第一審において勝訴し、これに対し被控訴人は控訴または附帯控訴を提起していない)。しかし本件自動車につき売買契約とは別個に使用貸借契約が成立していると解することの相当でないことさきに判断した通りであり、また本件売買契約については買主たる被控訴人が代金の支払を怠つたときは催告を要せずして売主たる控訴会社において売買契約を解除することができる趣旨の特約が結ばれていたこと並に被控訴人が約旨に基づく代金の支払を怠つたことはさきに認定した通りであるから、控訴会社が本訴の提起により被控訴人に対し売買の目的物件である本件自動車の引渡を請求したのは、法律的には売主たる控訴会社において前記特約に基づき被控訴人の代金支払義務不履行を理由に本件売買契約を解除する意思表示を黙示的になし、右解除に因る原状回復義務の履行として本件自動車の引渡を求めたものと推認するのが相当である。然らば右売買契約解除の意思表示は本件訴状が被控訴人に送達された日であること記録上明らかな昭和三十一年六月二十四日効力を生じたこととなり、本件自動車売買契約は同日適法に解除されたものといわなければならない。従つて本件売買契約がなお存続していることを前提として被控訴人に対し本件自動車の売買残代金の支払を求める請求は、被控訴人の主張に対する判断をなすまでもなく、理由がないことに帰着する。

仍て進んで控訴会社の予備的請求(損害賠償請求)につき判断する。解除権の行使は損害賠償の請求を妨げないこと民法第五百四十五条第三項の明定するところであるから、買主の代金支払義務不履行を理由に売主が売買契約を解除した場合売主は買主に対し買主の右代金債務不履行に因り蒙つた損害の賠償(但し填補賠償)を請求することができることはいうまでもない。而して右の場合売主が買主に対し既に売買の目的物件を引渡しているときは、その損害賠償の範囲は売主が本来買主に対し請求し得た筈の売買代金額より、売主が買主に対し目的物件の返還を請求し得ることによる利益換言すれば原則として契約解除時における目的物件の価格を控除した額と解するのが相当である。そこで本件の場合につき観るに、本件自動車の売買代金額が金二十二万円であつたことは当事者間に争がなく、内金四万円は既に控訴会社において支払を受けていることはさきに認定した通りであり(右金四万円は原状回復義務の履行として被控訴人に返還すべきもの)、また原審証人豊川猛の証言に徴すれば、本件自動車は車の年式が古いため(一九五三年式)、価格の下落甚しい上、仮処分執行に際しタイヤを外してこれを被控訴人に渡し、本件自動車にはタイヤがないため、前記契約解除時における本件自動車の価格は金六万円を出でないことを窺うことができるから(原審における被控訴本人の供述中右認定に牴触する部分は措信し難い)控訴会社は被控訴人に対し本件自動車の売買代金額二十二万円より既に支払を受けた前記金四万円と被控訴人より本件自動車の返還を受けることによつて得る利益金六万円とを控除した残額金十二万円を契約解除に因る損害賠償として請求できる筋合である。

尚被控訴人は、元来本件自動車の売買契約に際しては、一年後に若し被控訴人において本件自動車を必要としないときは、控訴会社がこれを代金二十万円で買取る旨の特約がなされていたことを前提として、種々主張するところがあるが、被控訴人の主張するような右特約が結ばれていることを認めるに足る十分な証拠がないから、右特約の存在を前提とする被控訴人の主張はいずれも理由がない。

然らば被控訴人は控訴会社に対し損害賠償として前記金十二万円及びこれに対する本件控訴状(右予備的請求は当審において始めて主張するに至つたもの)送達の翌日であること記録上明らかな昭和三十二年八月九日以降完済に至る迄商法所定年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるものといわなければならない(契約解除に因る損害賠償支払義務はその支払の請求があつた翌日から遅滞に陥るものと解すべきである)。

仍て本件売買代金請求を排斥した原判決は相当であるから、本件控訴は理由がなくこれを棄却すべきも、控訴人が当審において追加した予備的請求は右認定の限度において正当であるから、その部分を認容し、その余の部分は失当であるから、これを棄却することとし、民事訴訟法第三百八十四条第八十九条第九十二条第百九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長判事 石丸友二郎 判事 浮田茂男 判事 橘盛行)

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